私の「東大英語」の理念
同じ英語を学ぶにしても、東大に受かるために英語を学ぶからには、ただ英語の知識が豊富で点が取れればよい、というものではない、と私は考えています。それだけではなく、英語という異国の、そして世界でもっとも広く活用できる言語を学ぶことの本来の意義を十分に理解し、それを東大に入って以降生かして欲しいのです。
英語を学ぶことで、まず、日本語というものに距離をとり、その特質を見つめなおすことができます。そしてさらに、インターネットなどを通し英語メディアを活用することで、日本語メディアでは取り上げられにくい世界の事情に関心を持つことができます。
私は英語が得意だったくせに社会の動きにきわめて無関心というなかなか矛盾した学生でしたが、今ではそれを反省しています。英語を通すことで開かれるどのような領域・分野に関心をもつかは人それぞれですし、強制するものでは当然ないわけですが、私の場合は、現在においてすらも人の命が世界の多くの国・地域できわめて軽く扱われて失われている事態を知り、強いうれいとやるせなさを感じており、やはりそのことにみながもっと目を向けてくれたら、と願う気持ちを持っています。
それだけに私は、この「東大英語」という言葉に、時代を担う日本のエリートたちが、人の命を大事にする思いやりを持った真のエリートになってくれることへの期待を強くこめているのです。
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